深川物語 40

四十

章太郎様はわたくしの傍にお座りになりこう仰いました。
「奈々ちゃんも十八になったのだから恋をしなければいけないよ。恋をしないと女の体に艶が出てこないのだよ。つやというのは肌のつやとは違うものだからね。奈々ちゃんは若いし色白だから見た目の肌艶は誰にも負けないくらいに綺麗だけれどそれだけではいけないのだよ。どんなに若くて綺麗でも可愛くても駄目な事なんだよ。体と心から醸し出されるお色気や仕草の味わいやどこからともなく滲み出る楚々とした雰囲気というものは恋をしてはじめて出てくるものなんだよ。奈々ちゃんを見ていると若くて可愛いだけで女の色気が出ていないのだね。それが奈々ちゃんの踊りを固くしていると思うんだよ。踊りの形だけをどんなに綺麗に真似ても内側から滲み出てくる楚々としたお色気が無いと見ている人を惹きつけることはできないのだよ」
「どうすればいいのでしょうか」
「恋をしなさい。人を愛して愛されるのが一番だよ。好きな人はいないのかな?」
「います」
わたくしは大胆にもそのように断言いたしてしまいました。章太郎様は驚いたご様子でございました。
「おや好きな人がいたのかね。それは気が付かなかったよ。それは誰かな。良かったれ僕に教えてくれないかな」
「秘密でございます」
「それはそうだろうけどね。僕は奈々ちゃんの父親でもあるわけだから知っておきたいな」
「でも言えません」
「裕子は知っているのかね」
「いいえ知りません」
「裕子も知らない秘密なのかね」
「はい」
「その人は知っているのかな」
「知りません」
「心に秘めた恋なのだね」
「はい」
「僕だけに教えてくれないかな。きっと力になれると思うよ」
章太郎様はわたくしの手をお取りになって本当に間近でわたくしの目をじっと見つめていたのでございます。わたくしは眩しくて苦しくて気が遠くなるようでございました。そしてその時わたくしは大胆にも一つの姦計を思いついたのでございます。十八の娘としては如何にもずる賢い遣り方ではございましたがわたくしは必死でございました。これが二度とは無い機会だと直感したのでございます。女心の必死の姦計でございました。わたくしは自分の大胆さに驚き呆れたものでございました。



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