裏街3

3

路地裏の奥まった所に汚いアパートがあった。築何十年とか言う木造の平屋だった。玄関は共同で薄汚れた履物が脱ぎ散らかされて住んでいる人の貧しさを露わにしていた。重雄の部屋は八つある部屋の中の一番奥にあって裏戸のガラス窓から入る僅かな明りを頼りに鍵を開けるのだった。四畳半の小さな部屋で部屋中が画材で溢れていた。大きなキャンバスが壁に寄りかかるようにして並び絵の具や筆が散乱していた。部屋の真ん中には描き掛けの油絵が画架に乗っていた。得体の知れない絵だった。赤を基調にした噴火山の様だったが積み木の様にも見えた。渋谷から山手線に乗り京浜東北線に乗って来る途中で重雄はあたしが聞きもしないのに自己紹介をしてくれた。美大生で親の仕送りで暮らしていると言う結構な身分なのだ。二十一だと言っていた。お金に余裕がある事はめったに無いのでモデルは友達同志ですると言う。圧倒的に男が多いので女の子のモデルは貴重だそうだ。たまたまあたしを見て運命を感じたと大げさに興奮していた。あたしをモデルにすれば傑作が描けると美の女神が囁いたのだそうだ。単にあたしの事がタイプだったのだとあたしは思っていた。あたしは別に重雄がタイプな訳じゃない。小金が欲しいだけだった。
重雄は部屋を大雑把に片付けてあたしが座れるスペースを作った。折りたたみの布製の椅子にあたしを座らせて重雄はたたみの上に直に座り使い古しのデッサン帖を取り出して真剣な目つきで描きだした。怖いくらいの眼差しであたしを見て木炭を動かしていた。あたしはじっとしている事にうんざりして途中で煙草を吸っても良いかと訊くと重雄は良いと言った。しかし重雄は煙草を吸わないので灰皿が無く鮭の缶詰の空き缶を差し出すのだった。
千円のモデル代にしては割が合わないほど長い時間あたしは椅子に座っていた。お尻が蒸れて痒いほどだった。あたしは煙草を三本も吸ってしまった。それでも重雄は夢中で描き続けていた。いい加減にしてよとあたしは言って椅子を片付けてその場にごろりと横になった。ごめんよといって重雄はぬるいサイダーを呉れた。重雄の分は無さそうだったので飲みかけを渡すと一気に飲んだ。
「晩御飯をご馳走するよ」
「もう描き終わった?」
「まだ描き足りないけどもう良いよ」
「晩御飯の後なら又描いてもいいよ」
あたしは晩御飯のお礼のつもりで言った。重雄は凄く感激して晩御飯の調理に掛かった。自炊していると見えて台所には調理器具が散乱していた。ガス台は一つしかないので何を作るのかと見守っていると粉末のチャーハンの元を使ったチャーハンだった。お粗末で不味いチャーハンでもおなかが減れば食べられるものだ。スープの代わりに水道水を飲みあたしは一服してから又モデルになった。長い時間をかけて重雄はあたしを描きあたしはすっかり疲れてしまった。もう立ち上がるのも厭だった。あたしはごろりと床に寝転んだままで言った。
「あたし今夜は此処に泊まってゆくよ」
あたしが宣言すると重雄は目を剝いて驚いた。
「布団が一つしかないよ」
「いいよ、あたしはごろ寝するから」
「そんな訳には行かないよ。僕がごろ寝するから麻里さんが布団を使ってよ」
「いいよ。でも言っておくけど変な事したら大声出すからね」
「何もしないよ」
「あたし声が大きいからね」
「分かったよ」
そんな訳であたしは重雄の部屋で居候を始めた。暑い夜だった。

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